SNSを開けば、成功体験が飛び込んでくる。
「資産1億突破しました!」
「TOEIC900点達成しました!」
「独立して自由な働き方に切り替えました!」
……こっちはまだ朝イチのコーヒーを淹れてる最中なのに、
タイムラインは既に優勝してる人たちでいっぱいだ。
成功体験の展示会、それがSNS
いいねが押されやすいのは、やっぱり「成果」。
「失敗しました!」には誰も“いいね”押さないし、バズらない。
だからSNSは、ある意味で “成功体験の見本市” だ。
問題は、それを見たときのこっちのメンタルである。
昔の僕:「え、なにこれ、つら」
SNSに流れてくる人の成功談を見て、
かつての僕はこう反応していた。
「自分はなんでこんなにダメなんだ…」
何か成果を出してる人を見ては、自分の未熟さに落ち込む。
「自分も何か始めなきゃ!」と焦って、よくわからないセミナーに申し込んだこともある。
その結果どうなったか?
・ノートが増えた
・Kindleにビジネス書が積まれた
・なぜか夜ふかしが増えて体調を崩した
自己肯定感のためにやったことが、なぜか自己否定を加速させていた。
成功談との付き合い方を変えた3つの習慣
そんな僕も、いまはSNSの“まぶしすぎる成功話”に飲まれにくくなった。
その理由は、3つのフィルターを通して見るようになったからだ。
① 「その人の背景」を想像する
まず意識するのが、“その成果の裏にある背景”。
・その人は何歳?
・いつから準備していた?
・どんな環境にいた?
・専業なのか、副業なのか?
表面だけを見ると、「すごい」と思うだけで終わってしまう。
でも背景まで想像すると、“自分と比べても意味ないや” と思えるようになる。
たとえば、
フルタイムで働いて子育てしてる人が「月収10万円の副業成功者」と比べても、そもそも前提条件が違いすぎる。
僕の場合、「自分には自分の時間軸がある」と言い聞かせるだけで、だいぶ落ち着ける。
② 「自分に関係ある情報だけ拾う」
全部参考にしようとすると、脳が過労死する。
だから、「へえ〜すごいなあ(でも、今の自分には関係ない)」と思いながら流す。
逆に「これは今の自分に使えそう」と思った部分だけ、そっとメモ。
たとえば、
・使ってるアプリが便利そう
・学習方法が参考になる
・考え方に共感できる
という感じで、“部分的に見る”クセがついた。
人の成功体験は、まるっとコピーしようとするから苦しくなる。
パーツで参考にすれば、便利な知恵袋になる。
③ 「そっとアプリを閉じて、現実に戻る」
もうね、これが最強。
とくに調子が悪いときは、いっそSNSを閉じて外に出る。
散歩でも、洗濯でも、掃除でもいい。
「自分の手で、自分の暮らしを整えてる感覚」を取り戻すだけで、
“人の人生”じゃなく“自分の暮らし”に戻れる。
SNSは、“世界の全部”みたいに錯覚させてくるけど、
僕の人生はTwitterでもInstagramでもなく、
目の前のデスクとコーヒーと、生活音でできている。
成功談と“ほどよい距離感”を保つ
最近ようやく気づいた。
人の成功を「すごい!」と素直に思えるようになるのは、
自分の生活にちょっと納得できてるときだけだ。
焦っているとき、不調なときは、どうしてもひがみっぽくなる。
「いやいや、あの人だって裏では…」みたいな、見苦しいモードに入る。
だから僕は、SNSを“情報収集の場”というより、
「体調がいいときだけの社交場」 と考えている。
それでちょうどいい。
静かな暮らしの中にある“自分だけの成功”
資産1億はないけど、生活は整ってきた。
TOEIC満点ではないけど、英語を読むのが苦じゃなくなった。
毎日投稿はしてないけど、月に数本ブログを更新できている。
どれも地味だけど、“自分にとって意味のある成功” だ。
他人の成功体験を見て、「自分もがんばらなきゃ」と思うのは自然なこと。
でもそれを、“自分の物差しで評価しない”ことが大事。
結論:誰かの成功より、“今の自分の納得感”
毎日ちょっとずつ部屋が整っていく
睡眠時間が安定してきた
お気に入りのコーヒー豆を見つけた
最近ちゃんと笑えてる
そういう“静かな満足感”が、
SNSのどんなバズ投稿よりも、自分の人生に効いてくる。
だから僕はこれからも、
「すごいな〜」と思いながらスクロールして、
使えるところだけ拝借して、
あとはそっとアプリを閉じて、静かに散歩に出る。
それが、僕の“成功体験との付き合い方”だ。
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