Macを使っている人なら、たぶん一度は見たことがあると思う。
「メモリプレッシャー」っていう黄色いグラフ。
見た瞬間、なにか不穏な空気を感じてしまう。
「あ、やばい…スペック足りてないかも」と。
でも、思うんです。
「そのグラフ、見るから不安になるだけじゃない?」

M1 Mac mini、最小構成で使ってます
僕が使っているのは、
2020年に発売されたM1 Mac mini(8GB RAM / 256GB SSD)
Appleシリコン元年のモデル。
最小構成。
もはや“エントリー”という言葉すら控えめに見えるスペック。
でも、これがめちゃくちゃ快適なんです。
主な用途は、「ふつうのこと」
僕がMac miniでやってるのは、ごく日常的なこと。
- ブラウザで調べもの(Chrome or Safari)
- Notionで記事やメモを書き
- Canvaでちょっと画像を作って
- YouTubeで動画見て
- WordPressの編集画面を開いて
- ChatGPTに原稿を投げ込む(←いま)
同時に3〜5個のアプリを開いてても、体感として重くなることはほぼない。
でも、確かに「黄色い」瞬間はある
メモリを食うアプリをいくつか立ち上げていると、
メモリプレッシャーが黄色になることがある。
macOSの「アクティビティモニタ」を開くと…
- 使用済メモリ:6.7GB
- スワップ使用領域:30MBちょっと
- 圧縮メモリ:2.8GB
- キャッシュされたファイル:1.1GB
ああ、スワップも発生してるんだなとわかる。
でもこれ、グラフを見なければ不安にならない。
体感では何も起きてないのに、「黄色」が不安を煽ってくる。
その不安、グラフじゃなくて“見方”が原因かも
僕が思うに、この“黄色”問題って、
不快の正体が「体感」ではなく「視覚」なんですよね。
メモリが足りてないように見える。
「足りてない=買い替え or アップグレード」と直結する。
でも実際には、
- アプリは快適に動いてる
- 文字入力もサクサク
- ブラウザもカクつかない
- ストレスなく作業できてる
つまり、“黄色いだけで問題はない”ことが多い。

スペックを盛るより、キーボードとモニターを盛るべき説
Mac本体をグレードアップすると、それなりにコストがかかる。
でも、僕はそこじゃなくて、周辺機器に投資した。
- キーボードはHHKB
- モニターはウルトラワイド(LG 34インチ)
- 机はFlexispotの昇降デスク
- イスはエルゴヒューマン
結果、作業空間の満足度がめちゃくちゃ高い。
Mac miniは天板の裏に貼り付けて、存在感すらない。
けれど、その“静かな働き”が、僕の毎日を支えてくれている。
スペック=安心ではない。「使い方」がすべて
「最初から16GBにしとけばよかったかな」って一瞬思ったこともある。
でも、現実には困ってない。
むしろ8GBでここまで快適なら、「自分の使い方を知ってたら、必要十分」 だったと思える。
よく、「スペックは余裕を持って」と言われる。
それは確かに正論。でも、こうも言いたい。
「使い方に合った構成が、最も心地いいスペックです」
結論:黄色くても大丈夫。むしろ、“黄色い自分”を受け入れよう
Mac miniのメモリが黄色くなっても、
それが「自分のやりたいことに必要十分なら、問題ない」。
グラフを見ることで不安になるより、
“自分の体感”を信じた方が健康的。
だから僕は、黄色いグラフを見かけても、
「うんうん、よくやってくれてるね」と、なでるような気持ちで眺めている。
今日もMac miniは静かに働いている。
スペックより、“相棒としての信頼感”が大切なんだと思う。

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